MBA × 人工知能(AI)が成功の鍵

AIの基礎的内容については「人工知能(A.I.)講義ノート前編および後編」で述べてきた通りであるが、ここではMBAという目線、つまりビジネスにおける経営的視点でAIがどのような位置付けになっていくのか?MBAの知識とどう融合させればいいのか?などについて考えていきたい。なお、このような内容は残念ながら現在私が履修しているMBAの講義の中では扱われていないので、ここで述べる内容は完全に私独自の解釈に基づく考えである点をあらかじめご了承いただきたい。

<MBAと人工知能とデータサイエンス>

そもそも、なぜこの組み合わせを考えるべきなのか?それは将来なビジネスのやり方自体にAIが大きな影響を与えそう、あるいは既に与えているだからである。MBAの主な学習目的には、「企業内外の環境変化に迅速に対応できる経営者になること」、②「新しいビジネスを創設(起業など)すること」などがある。AI技術の進展はこのどちらにも側面にも決的に大きな影響を与える。事実、今や企業の組織構造は猛烈な勢いで進む外的な環境変化に影響を与えられているが、その外的環境変化を語るうえでコンピュータを含むAI技術の進歩は欠かせないテーマである。また特にスタートアップで成功している事例で、コンピュータ技術が絡まない分野を探す方がむしろ困難であると思われる。

さて、単にAIというとあくまでもコンピューターを使った技術を指し、一方のMABは学習体系を指す。そもそも対をなす言葉になっていない。そこで「データサイエンス」という考え方を導入したい。データサイエンスとは、AIを含む統計学や機械学習、コンピューター科学、それらのビジネスへの応用力などを総称したものである。なお、「データサイエンティスト」とはそれらを把握し、データ収集から最終的な意思決定や製品開発までの一連の流れを統括する人のことである。私は今後MBAにデータサイエンスは必須科目として取り入れられると考えている。またデータサイエンティストは、今後おそらく会社の中ではMBAホルダーと同等に重要なポジションを担う人間になる考えている。MBAとAIを含むデータサイエンスは、今後最強の組み合わせになると考えている。その理由を順番に紐解いていきたい。

<今までのAIを含むデータサイエンスの位置付け>

MBAとAI、ここではさらに広い概念であるデータサイエンスの関係性をもう少し丁寧に見てみる。MBAで学ぶ基本的な内容は、会社の運営に必要な各分野の知識(会計、統計、ファイナンス、マーケティングなど)と実際それらを活用してどう会社を経営するべきかというマネージメント体系(企業分析や過去の事例、人をどう動かすかなど)といえる。ここで重要なのは、MBAではマネージメントを行う対象はあくまでも「人」や「人からなる組織」が想定されているということである。実際MBAではOrganization behavior:組織論やNegotiation:交渉術などの講義の他にも、ほぼ全ての講義でチームが編成され、チームで成果を上げることが求められる。チームや組織の動かし方を学び最大のアウトプットを出す術を学ぶことができるのがMBAの最大の特徴とも言える。ではなぜ人に注目するのか。何故ならば、当然であるが、今までの会社などの組織は全て「人」「人からなる組織」により動かされていたからである。会計は事務職や会計士、マーケティングは営業の人が行い、経営は経営者が行う。役割分担をした上で、人が主体となって活動しているものが会社であり、人こそが経営資源そのものである。

一方、今までAIの前身である「ソフトウェア」は各人が特定の業務を正確かつ迅速に処理するための道具として使われていたに過ぎない。WordやExcel、会計ソフト、メールソフト、CADなどはその典型例である。今まではソフトウェアの活用については、あくまでも各業務の中(部門や事業ごと)で最適化を図ればよいレベルであり、会社全体のマネージメントレベルに及ぼす影響は極めて限定的であったと言える。実際MBAの体系は、今までそれほど大きく変わることはなかった。基本的には過去の経営の成功や失敗事例から学び、それを体系化し学ぶことである。ここまでの説明を図で表せば、下図の一番上に示した組織図がそれにあたる。MBAが会社全体の包括的な考え方であり、各部署で部門で個別業務を行い、その個別業務を支援するためAI(当時はただのソフトウェア)が使われていた。

<これからのAIを含むデータサイエンスの位置付け>

一方、3回に及ぶAIブームを経て、コンピューターは、「ソフトウェア」から「弱いAI」と呼ばれるレベルにまで急速に進化した。そしてブームはブレイクと呼ばれる状態に達しつつある。これが意味するのは、特定の業務に限れば、ほぼコンピューターへの置き換えが可能になってきたということである。ある業務に関しては人よりも効率的に仕事をできることを意味する。簡単な例として、Webサイト上での「推薦システム」を挙げよう。今までは、Web作成者である人が、訪問者がより興味を惹きつけるようなレイアウトや文言、掲載すべき写真を考えていた。そういうノウハウを人が蓄積して、Webデザイナーなどという職種を担っていた。しかし「推薦システム」に限ってはもはやAIの方が人よりも断然に迅速かつ効率的に作業をこなすことが可能である。そうすると、その仕事に就いていた人の業務は、推薦システム全体の構築や、その結果から新しい商品開発を提案するという業務に移行していく。「データサイエンティスト」などという肩書きが与えられるかは別として、そうした仕事への移行が進んでいるものと考えられる。そして、AIで可能な業務が増えれば増えるほど、MBAの学習が得意とした「人を動かすための業務領域」は減少していき、逆に「主にコンピュータを動かすデータサイエンティスト」がカバーすべき領域が拡大してくることになる。つまり、コンピュータが担う業務の位置付けがソフトウェアから、業務のレベルに変わり、同時に今までほとんど必要なかったデータサイエンティストの役割が次第に拡大していく。

そのイメージを下図に示した。「現在」は今まで説明してきた通り、人とコンピューターが担う業務は基本的に分断されており、人がコンピュータを単に道具として使っている状態である。「近い将来」には、一部の業務はAIに置き換え可能となるため、一部の業務に関しては、コンピュータが人の業務(operation)レベルまで昇華する。すると「人のコンピュータが同じ業務領域に混在する極めて不安定な状態が生まれる」だろう。その状態を放置すればある種の不適合な人間が出てきたり、効率が逆に低下する事態が生じる可能性がある。そこで両者の役割を明確にしたり、既存組織の最適化をするため、「データサイエンティスト」という役割が生じてくる。もちろん環境変化に伴う(人の)組織変更に関しては、経営者が最も得意とすることであるから、データサイエンティストを傘下に組織変革を行う。AIが様々な業務に取り入れられるプロセスは時間をかけて繰り返し起こり、次第に今までの「人」がやっていた業務は(名前は同じ「営業・販売」かもしれないが)業務内容と組織形態は大きく違うものへの変化していく。そして、さらに時間が経過した「将来」では、当時はAIとしてもてはやされた一部のAIの業務も、新しい組織体系においては単なる「機能」になり人の下層に再分類される。つまり従来の「ソフトウェア」と同じような位置付けになっていく。この頃にはデータサイエンティストは新業務のAI化への着手や、そこで生まれた「差別化」要因の抽出、新しい組織体系を指揮する立場になり(広義のデータサイエンティストとして)経営者とかなり対等にコミュニケーションをとるべき役割に昇華する。同時に経営者にはデータサイエンティストと対等にコミュニケーションするスキルが求められる。これが私が考える「ビジネスにおける経営的視点でAIがどのような位置付けになっていくのか?」への答えである。

さて、こうしたプロセスの進行に伴い経営者の役割やMBAの学習内容が陳腐化するだろうか。私はそうは考えていない。むしろMBAでカバーすべき領域が今まで以上に拡大し、より広範なノウハウが求められる時代になると考えている。なぜそうなると考えるのかについては次の項目で詳しく説明したい。

<AIの進展で、MBAの重要性はより高まる理由>

会社内でAIによる業務が増加すれば、2つの理由で「MBAの必要性」はさらに高められると考える。1つ目が「企業内外の環境変化が増大するため」である。先ほどの例のように、推薦システムの導入で、人が行なっていた業務内容に変化が生じ、それに合わせて新しい組織体制や給与体系を素早く変更する必要が生じる。組織体制の変更や人事システムの変更は、各部署レベルではできず、原則的に経営者しかできないため、その必要性はますます高まらざるを得ない。逆に、今後こうした企業内の急速な環境変化に対応できない会社は衰退していくことになるだろう。

もう一つが、「経営方針や経営内容そのものへ多大な影響が生じるため」である。先ほどの例と同じく推薦システムを取り上げると、このシステムをうまく活用するには、「整備されたデータの収集」や「適切な特徴量の抽出」などが成功の鍵になった。これを実現するには、広告宣伝やブランド整備などのマーケティング戦略や、データサイエンティストの新たな人員増強、場合によってはサーバー構築など設備投資のためのファイナンスなど、人が主に行なっている既存業務に対しても大きな影響を与えることになる。つまり、経営者はデータサイエンティストからの提案を読む解き、実際の人が行う業務をスムーズに変更できる計画に落とし込み、最終的には変更を指示する必要がある。経営者には、両領域を繋ぐ「仲介役」としての機能が新たに求められることになる。そのためデータサイエンティストとの共通言語を取得するために、MBAサイドの人間はデータサイエンスに関する最低限度の知識を保有し、コンピュータ技術者サイドもプログラミング言語だけではなく、経営者が話す言語を最低限度把握できるよう両者が歩み寄る必要がある(これができる人を、データサイエンティストと呼べるかもしれない)。これが、MBAの存在意義が今後さらに増大すると考える理由である。

なお、そもそもMBAもAIでできるようになれば「MBA自体も不要になるのではないか」、と考える人がいるかもしれない。さらに言えば「AIが仕事を奪う」とか「AIによってあなたの仕事はなくなるかも」といった趣旨の記事や本もよく見かけるようになった。しかし考えて見ると、歴史的には「産業革命」を経て我々の仕事内容は変化し続けてきた。19世紀ごろまでの「農耕社会」から20世紀「工業化社会」への変革により、工場での単純労働は機械に大きく移行した。そして21世紀に入りマイクロコンピューター、広義の意味でAIによって「情報社会」に変わり、その後のインターネットの誕生によってFacebookやAmzon、Googleなど全く新しい産業が次々に誕生し、また我々の生活も大きく変わってきている。AIが騒がれる昨今であるが、今私たちが直面しているAIブームは既に3回目のものであることも忘れてはいけない。これだけ大きな変化の中で「人間の仕事がなくなること」は歴史的にはなかった。少なくても「強いAI」の登場や「シンギュラリティー」が起こるとされる2045年までは、「AIを使ってどう差別化していくのか」、「どう会社を強化していくのか」、という目の前の課題に対処する方が先であるというのが私の考え方である。なぜなら「そのような変化にどう対応していくべきか」は今現在では(AIには不可能で)人間にしか考えられない仕事だからである。そして、もしうまく対処できなければ、自分の職がなくなったり、会社の存在自体が疑われるからである。シンギュラリティーより先の世界は、とりあえず今は私が尊敬する孫正義氏の手腕に託すことにしたい。

<最高のコンビネーションになる理由>

もしあなたがMBAを学び、そしてデータサイエンスに関する知見も得ることができたらどうだろうか?また逆に、データサイエンスに長けた人間が、経営学にも優れていたら?後者の場合は、確実にそれだけで「起業」できる可能性は大いに高まる。つまり、今後両者は会社経営の中で中核的な「専門業務」になると考えられる。さらに言えば、データサイエンスが今後企業の中で差別化を産む最大の源泉になる可能性があるため、こうした「両者が会社の経営を担える組織」が会社内で早期に実現できるかどうかが、昨今のビジネスの環境変化が極めて早い時代で生き残れるかどうかの鍵になると考える。

下図は、1962年にスタンフォード大学の社会学者であるエヴェリット・ロジャースによって提唱され、「イノベータ理論」(普及理論などとも言われるものである。このグラフの形状は多少本物と異なるが、イメージは捉えている。灰色の上に凸のグラフが従来の普及曲線である。横軸はどのような人たちがある商品を購入するのか、それを時間軸で表している。新しい商品(例えばiPhone)が誕生するとまずは「Innovators:革新者」(全体の2.5%)と呼ばれる新しいものを進んで採用するグループがそれを購入する使い始める。若い人の一部や、お金に余裕がある一部の社会人かもしれない。次に、「Early Adopters:初期採用者」(全体の13.5%)と呼ばれ流行には敏感で、自ら情報収集を行い判断するグループ。いわゆる「オピニオンリーダー」となり他に大きな影響力を発揮するグループである。今であればYou Tuberや芸能人などがそれに該当する。そして、「Early Majority:前期追随者」(全体の34.0%)新しい物やサービスの採用には比較的慎重なグループである。いわゆる一般の人だろう。そして「Late Majority:後期追随者」(全体の34.0%)新しい様式の採用には懐疑的で、周囲の大多数が試している場面を見てから同じ選択をする者である。まあ少し時代に残され、しぶしぶガラケーからiPhoneに乗り換えたような人たちである。最後に「Laggards:遅滞者」(全体の16.0%)こちらが最も保守的なグループで最後までガラケーでいいと言っている人たちである。従来MBAで習うマーケティングはこれからスタートした。どの層の顧客を取り込むか、製品のライフサイクルなどとも絡めて、商品化戦略を考えていた。例えばiPhoneの場合、すでに広範な消費者を獲得しているため、iPhoneに特異な機能を追加するよりは、誰でもが受け入れられるようなアップグレードを繰り返していく戦略でユーザーの維持と拡大をすることが適切な戦略になる。さて、一方の黄色い曲線「SHARK FIN」がインターネットなどが台頭し、情報が瞬時に拡散する時代の形状と言われている。消費者の適応スピードも増加し、製品のサイクルがどんどん短くなっていることを示している。

つまり経営者はデータサイエンティストと共に、この一瞬来る波を早期に予想し捕まえなければならない時代に突入しつつある。

なお経営者がAIを学ぶことは極めて重要な一方で、注意すべき点もあるだろう。私が今一番考えているのは「AIありきで物事(経営)を考えてはいけない。」ということである。例えば「ある業務がAIに置き換えられるなら置き換えを行いコスト削減を実施しよう」とか、「AIが実現できる製品を開発し他者と差別化する」という思考に決して陥ってはいけない。経営者がすべきことは、「AIを使って置き換えられる業務は、そもそも本当に会社にとって必要な業務かどうか。」、「廃止や外部委託をするという決断」こそが経営者がすべきか判断である。AIを使った方が良いかどうかは、データサイエンティストやその部のトップが考えればいいことである。また「AIを使って差別化する」ではない。あくまでもマーケットにあるニューズや解決されていない課題を正確に見つけ、それを解決する手段はあくまでもその次に考えるべきである。手段(AIを使う)が先行してはいけない。これは、下図に示す「起業の科学 スタートアップサイエンス(田所雅之)」の初期に登場する原則とも一致する。つまり、「解決すべき課題」を正確に見つけ、もしその解決にAIを使った方が良ければAIを使うべきである。業務によっては人が行なった方がよいものも多い。だからこそ、そうした判断を適切にするため、分野横断的にものを見ることができる人物が必要である。これは基本的には経営者にしかできず、だからこそデータサイエンスがMBAに追加的に求められる能力であると考える。繰り返しになるが、AIやテクノロジーを使うことを目的としてはいけない。

出典:田所雅之、「起業の科学 スタートアップサイエンス」https://www.slideshare.net/masatadokoro/startup-science-2017-ver

<まとめ>

このようにMBAを学ぶものや会社の経営者にとって、AIやそれを含むデータサイエンスの知識は今後学習が必須な領域になってくる。経営者とデータサイエンティストはお互いを理解するための「共通言語」を習得する必要があり、一方だけではなくお互いに歩み寄ることが必要である。それができれば、会社の差別化の源泉が見つかりやすく、また差別化を実現するための会社変革も可能になる。一方で、それができない会社は、産業によってその時間の大小はあるものの、次第に競争力を失い衰退、あるいは最悪の場合淘汰されていくことになるだろう。

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